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東京地方裁判所 平成7年(ワ)25437号 判決 1996年2月23日

原告

右訴訟代理人弁護士

橋本副孝

被告

三菱信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高橋紀勝

主文

一  被告は原告に対し、金九二五万四四二一円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

一  請求の原因

1  Bは、平成二年一月二〇日に死亡したが、その時点において、被告に対し、定期預金元金五〇〇〇万円、普通預金元金八九万九三一九円の債権を有していた(以下、これらの預金債権元金を「本件預金債権」という)。なお、定期預金は、平成二年二月末日までに満期日が到来している。

2  原告はBの子であり、同人の相続関係は別紙≪省略≫のとおりであるから、原告は一一分の二の法定相続分を有する。

3  したがって、本件預金債権のうちの一一分の二である九二五万四四二一円は原告に帰属する。

4  よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の主張は争う。

預金債権が相続された場合には、共同相続人の合有となるから、共同相続人からのその法定相続分に応じた払戻請求であっても、共同相続人全員の合意による請求か、又は遺産分割協議書に基づくことが必要である、とするのが銀行実務における一般的取扱いであり、被告は本件においても右取扱いに従ったものである。近時の下級審判決(東京地方裁判所平成七年三月一七日判決・金融法務事情一四二二号三八頁)も同旨の判断を示し、銀行実務の右取扱いを是認している。

三  争点

1  原告主張の相続関係が認められるかどうか。

2  共同相続人の一人である原告がその持分に応じて本件預金債権の払戻請求をすることができるかどうか。

第三争点に対する判断

1  原告主張の相続関係が認められるかどうか。

≪証拠省略≫によれば、原告はBの子であり、同人の相続関係は別紙≪省略≫のとおりであることが認められる。そして、右相続関係に基づく法定相続分を変更する被相続人の指定(民法九〇二条)若しくは遺言(民法九〇八条、九八五条)又は相続人間の合意(民法九〇七条一項、九〇九条)があったことを認めるに足りる証拠はないから、Bの遺産についての原告の相続分は、法定相続分である一一分の二と認められる。

二 共同相続人の一人である原告がその持分に応じて本件預金債権の払戻請求をすることができるかどうか。

1 遺産の中に債権があり、それが可分債権である場合には、右債権は各共同相続人の相続分に応じて法律上当然に分割され、各共同相続人は、その相続分に応じて権利を取得する。遺産中の債権が預金債権であっても、右の理に何ら変更を生ずるものではない。

弁論の全趣旨によれば、本件預金債権はBの遺産であることが認められ、前記一認定のとおり、右相続関係に基づく法定相続分を変更する被相続人の指定(民法九〇二条)若しくは遺言(民法九〇八条、九八五条)又は相続人間の合意(民法九〇七条一項、九〇九条)があったことを認めるに足りる証拠はないから、原告は、本件預金債権について、その相続分に応じて払戻請求をすることができるものというべきである。

2  弁論の全趣旨によれば、預金債権が相続された場合には、共同相続人からのその法定相続分に応じた払戻請求であっても、原則として、共同相続人全員の合意による請求か、又は遺産分割協議書に基づくことが必要である、とする銀行実務上の取扱いがあることが認められ(ただし、その取扱いが励行される度合いは銀行によって違いがあることも認められる)、右銀行実務の取扱いについて、預金債権が相続された場合には、共同相続人の合有となるとの見解により正当付ける見解も存する。

しかし、右合有説は、当裁判所の採用しないところである。前記の銀行実務の取扱いは、合有説を採らなければ基礎づけられないというものではない。遺産をめぐっての争いは世上しばしば起こりうるものである。そして、遺言の存否、相続人の範囲、遺産分割の合意の有無等をめぐって争いがあるにもかかわらず、共同相続人の一人が預金債権につき法定相続分の払戻しを求めてきた場合に、銀行その他の金融機関が安易にその要求に応じると、債権の準占有者に対する弁済者の保護(民法四七八条)、遺産分割の遡及効の第三者への制限(民法九〇九条)等の規定により、金融機関が二重弁済を強いられることはあまりないものの、金融機関が相続人間の紛争に巻き込まれ、応訴の労を取る必要等が生じることがありうる。このような事態を避けるため、共同相続人の一人が預金債権につき法定相続分の払戻しを求めてきた場合に、一応、遺言がないかどうか、相続人の範囲に争いがないかどうか、遺産分割の協議が調っていないかどうか等の資料の提出を払戻請求者に求めることは、預金払戻しの実務の運用として、不当とはいえない。前記の銀行実務の取扱いは、その限度で理由があるものといえる。

3  しかし、預金の払戻請求をした共同相続人の一人が、一定の根拠を示して、相続人の範囲、遺言がないこと、遺産分割の協議が調っていない事情等について説明をしたときは、金融機関としてはその者の相続分についての預金の払戻請求に応ずべきものである。その場合に、共同相続人全員の合意又は遺産分割協議書がなければ払戻請求に全く応じないとするのは、相続に関する法律関係を正解しない行きすぎた運用というべきである。相続人の一部が所在不明であったり、外国に居住し、容易に連絡が取れないこともありうるのであり、そのような場合にも、右のような厳格な運用をすれば、預金の払戻請求者である相続人の権利を害するところが余りに大きいものといわなければならない。

原告が弁護士を代理人として選任し、その代理人が調査の結果に基づき遺言が存しないこと等について一応の説明をしている本件においては、金融機関がその法定相続分に基づく預金の払戻請求を拒むことは、正当とはいえない。

三 結論

以上のとおり、原告の請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 園尾隆司)

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